年収1000万円など新卒初任給引上げ vs 中高年人材の給与引き下げ&リストラ-前編

コラム&インタビュー

安易な転職・起業志向に注意

定年制のあり方の如何はともかく、今後、雇用形態がメンバーシップ型からジョブ型に移行する流れ自体は避けられないでしょう。少なくとも、同一企業内で40代以降も無条件に給与水準の維持やアップがあると期待することには無理があるでしょう。私自身は弱肉強食・格差が助長されかねないジョブ型への単なるスライドではなく、若手社員をしっかり一人前に育て上げた上で、ミドル世代からはジョブ型での活躍を支援する「ハイブリッド型」を提唱しています(以前の記事「『同一労働同一賃金』の課題を深掘りする! 真に求められる改革とは何か」参照)。だからこそ、ミドル・シニア世代は、自律したプロとして自身の市場価値の見定めと必要なスキル再構築に努めながら、自ら役割・仕事を獲得していくことが不可欠なのです。

その際、大企業に勤める人に早期退職勧奨に安易に乗り辞めることは推奨しません。なぜなら、現在の職場を離れる場合、大企業に転職できる人はごく稀で、多くの場合、中小企業への転職か起業・フリーランスの道を選ぶことになります。しかし、そのためには一定のマインドセットや知識・スキルの学び直しが必要です。同じ企業に20~30年勤める中では、企業がビジネスを行うプロセス全体の中の細分化された幾つかの専門領域を経験してきた人が大半です。プロセスが100あるならばそのうち1つか2つしか経験値がない。しかし、中小企業に転職したり、独立起業した仕事では、細分化された1つや2つの領域だけでなく、10や20の広範囲にわたるスキルが求められるのです。前職で編集や商品企画に携わっていた私自身、実際に独立起業した際には、会社員時代のうちに経営、人事、総務、経理、営業、債権回収等の幅広い経験を積んでおけばこれほど苦労せずに済んだと痛感しました。

そこで、今の職場での給与減額への不満や、早期退職勧奨の退職金優遇への魅力など目先の動機から転職や起業を急ぐのではなく、今後20~30年と自分が働き続けるキャリアイメージや必要な力を持てているか、そのために不足する知識やスキルをいかに補っていくか、といったことを冷静に考えることが大事なのです。

社内リソースを活用し、自分の「T」を広げ磨く

「T型人材」という言葉を聞いたことがありますか。これは、一定の専門分野の深い知識・スキルだけを持つスペシャリストの「Ⅰ型人材」に対し、これに加えて横方向の幅広い知識・スキルをも併せ持つ人材を示すものです。1つの専門分野に精通しつつ、他分野にも一定の知見をもつジェネラリストの面を持つことで、「視野の狭い専門家」と「何でも屋」のいずれにも片寄ることなく、多様性やイノベーションが求められる時代に自分の軸と柔軟性をもって活躍できる人材像です。

先述のように、大手企業で長年勤めた人は、この「T」のサイズが小さい傾向があります。そこで、自分の価値を給与や職位といったプライドの物差しで考えるのを辞め、今後20~30年をいかに生き生きと働き続けられるか、そのために自分の専門分野と共に、今後必要となる未経験の知見・スキルをどう身につけ磨くことができるかを考えることが大事になるのです。そして、40~50歳から5年の計・10年の計で、社内のリソースを最大限に活用して学び直すことをお勧めます。会社と合意できる範囲で異動や兼務を願い出て、積極的に自分の「T」を拡張し、会社に依存せず市場価値を高められる仕事に挑戦するのです。そのことによって、自分が5~10年後にはキャリア自律を果たし、社内で継続して働くにせよ、転職や起業をするにせよ、自分の強みや持ち味を生かす働き方をイメージしながら、その実現に近づけるはずです。(後編に続く)

前川 孝雄
(株)リクルートで「リクナビ」編集長等を経て、2008 年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志に(株)FeelWorks設立。約400 社で「人が育つ現場」づくりを支援。2017年に(株)働きがい創造研究所設立。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)他多数。前川孝雄の「はたらく論」(ブログ)随時更新中!