会社なんてカッパみたいなもの。「複業」を通じて一人ひとりが幸福になる働き方を目指せばいい。/サイボウズ㈱ 代表取締役社長 青野 慶久氏-後編

コラム&インタビュー

ベテランにこそ複業にチャレンジしてほしい

青野:でも、私だって確固としたものがあるのかと言われると自信がないですよ。今はこう言っていても、来年になったら違うことを言っているかもしれない。程度の問題で、人間というのは誰しも移ろいゆくものなんだと思います。人間の身体がそのようにできているんですから。確かに若者は私以上に移ろいやすいかもしれません。でも、変わること自体はいいんです。確固としたものでなくてもいいから、思いをもつことが大切なんだと思います。

前川:というのも、かつての日本企業には、人材育成に関してはいいところはあったのではないかと私は考えているんです。会社が一人前になるまで若手を育てる仕組みがありましたから。ところが、最近は大手企業も、長期視野の雇用や育成をあきらめ、今欲しいスキルを持つ人を雇い用がなくなれば解雇するジョブ型雇用を志向しつつある。それがスタンダードになったとき、力のある人材はそれでもやっていけると思うのですが、取り残される若者が数多く出てきてしまうのではないかという懸念をもっているんです。

青野:そもそも「育成とはなんぞや」ということから考えないといけないのかもしれません。自分たちが育ってほしいように育つことを望むなら、ある程度型に嵌めて教育することも必要かもしれない。

しかし、私たちは、「自分で選択して、自分で責任をもつ」こと、つまり「自立」ができればどう育ってもその人の自由だと考えていますから、たとえば、ある若手が「自分は週3日勤務で趣味を大切にする生活をしたい。その分、仕事の面での成長はゆっくりでいい」というならそれでOKなんです。自分で選んだことをやってもらう。その結果に責任をもつ。これができるようになればその人はその人なりに成長しているんです。

前川:その「やってもらう」というところが、歴史ある企業には難しいのかもしれませんね。今は、企業はどうしてもデキる人に仕事を集中させて目先の結果を出そうとする傾向がありますから。若手にチャンスが回ってこないことも散見されます。

青野:そこはチームとしての理念を高く掲げているかどうかの問題です。サイボウズは「チームワークあふれる社会を創る」という壮大な理念をもっていますから、これを実現しようと思ったら、若手であろうが、経験が浅かろうが、いる人たちのフルパワーを動員していかざるを得ない。

必然的に若手にもチャンスは回ってきます。とりあえず今の儲けを維持できればいいやというくらいの低い理念や目標しかないから、デキる人だけでなんとかしてしまおうという発想になるんだと思いますよ。

前川:なるほど。そう考えると、会社が根本的に変わっていくことでしか、今、人材育成に関して噴出している諸問題を解決できないんでしょうね。今はまさに過渡期にあると。

青野:そう思います。変われない会社は消えていくと思いますよ。

前川:むしろ問題なのは、若手よりも「キャリアなんて考えるな」と言われて育ってきたベテランなのかもしれません。その環境で猛烈に働き続けてきた40代、50代ともなると、組織や働き方が変わっていくことになかなか対応できないですから。

青野:そこで複業ですよ。当社にも、大手銀行から転職してきた50代のベテラン社員がいて、一時期頭打ちになっていたんです。生真面目で、指示されたことは完璧に取り組んでくれるけれど、型にはまりがちで。そこで、複業してみたら?と提案したんです。最初はびっくりしていました。会社に必要ないと言われたと受け取ったようです。でも複業を始めて彼は変わりました。真剣に自分は何をやりたいのかを考え抜き、社会的弱者とされる人たちが生きやすい社会をつくりたいという思いに至ったんです。そこから活動の幅も広がり、目に見えてイキイキとしてきました。いまや彼はその世界では有名人ですよ。カッパの呪縛がようやく解けたんです。

前川:なるほど、複業はベテランの再生にも有効ということですね。

青野:…あ、ほかにも複業のメリットがありました。当社では複業先で結婚相手を見つけてきた社員もいるんですよ。

前川:それはすばらしい。確かに出会いの数も倍になりますもんね(笑)